亡き母とのコンタクト cosmic connectのブログ vol.5

2017.6.26  Chikako Natsui
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「死」についてが自分のテーマだと思っていた。

先日から胸の下あたりのざわざわが止まらない。
なんとなく気持ちが落ち着かず、頭がぼーっとするような感じがする。
一つの理由は、小林麻央さんの訃報報道だ。
難しい状態だろうなと思っていたが、やはり人が亡くなるのを聞くのは辛い。

それを受けて、ここ数日世の中の人々の気持ちが落ち気味なのだろうか。
私は集合無意識につながりやすいので、たくさんの人々の悲しい気持ちを
キャッチしてしまい、自分自身も落ち着かない気持ちになる。

そしてもう一つは、久しぶりに亡くなった母をものすごく身近に感じる体験をしたからだろう。
母が亡くなったのは2010年。あれからもう7年か。早いな、

正しく認識していなかったが、私と母の関係はかなり密接だった。
というか、今思えば、病的に密着していた。
だから、母が亡くなってから2~3年は母との親娘分離、自立、自分自身と向き合うために
多くの時間を要した。
そうしなければ、自分自身の命をつなぐことも難しかったかもしれない。

近くて遠い、当たり前であって難しいのが親子関係だ。
親子であっても魂はそれぞれ。魂ごとに生まれる前からの約束、使命がある。
親が意識的にも無意識的にも、子どものそれを邪魔してしまうと、
子どもの人生が破滅的になる場合もある。

だが、そうはいっても人間には感情がある。ましてや親子の情はとても強いものだ。
現世で生きていれば見えない魂よりも、目の前の現象や湧き上がる感情が優先される。

私と母の関係も理想的なものではなかった。
もっともそれは、母が亡くなってから私自身が身をもって体験しての気づきだったのだが。

さて、先日のこと、以前参加した外国人サイキックヒーラーの講座で一緒だった
霊媒体質の方とお会いした。
様々な情報交換をしながら、楽しいランチの時間を過ごした。
そして、その日の夜のこと、彼女からメッセージが届いた。

この先の彼女の呼び名として、kさんとしよう。
彼女の了解を得て、今回そのやりとりを記した。

kさん 「誓子さんのお母様はお元気ですか?」

私 「いえ、私の母は2010年に亡くなりました」

kさん 「粉物。たこ焼きとかお好み焼きが出てきました。
お母さんがお好きだったのか?
それか誓子さんとお母さん、お二人の思い出の食べ物なのか?」

私 「粉物は、私は大好きなのですが、母はどうかな~?」

kさん 「仲直りした時に食べたのが、お好み焼きだったみたいです。
ラムネなのか?炭酸ジュース?飲み物がありますね。
誓子さんがとても喜んでいたそうです。一緒にまた食べたいそうですよ」

私 「仲直り? それは母ですかね? 私は母に絶対服従で育ってきたので・・。
仲直りっていうより、怒られた後に食べたっていう方がしっくりくる言葉です」

kさん 「もし良かったら近々お仏壇にお供えして、一緒に召し上がってみてくださいね。
その思い出は誓子さんが小学生のころのようですよ。
お母さんも反省して一緒に食べたみたいですね」

私 「私を怒りまくった後ですかね? 笑」

kさん 「多分、そんな感じです。本当はそんなに怒るつもりはなかったようです。
一緒にお好み焼きを食べたとき、誓子さんを愛おしくてたまらなくなったそうです」

私 「どうして、今頃母はでてきたんでしょうか?」

kさん 「きっと新しい事業を応援してるのでは?
それから健康状態を心配していますね」

私 「私がこの頃、食べ過ぎだからかな~ 笑」

kさん 「酸味のあるもの食べてねっておっしゃっていますよ。
お酢・・もずくのイメージがきました」

私 「あれ食べろ、これ食べろ、あれ食べてはいけない、これもいけない。
・・・っていうのは母ですね!
そういえば、よく母から送られてくる荷物にもずくが入っていました 笑」

kさん 「インコ?猫かしら?・・に興味があった時に、否定的になってごめんねって」

私 「インコですね! 小さい頃飼っていたインコを、私は気持ちいいだろうなと思って、
お風呂に入れちゃったんです。そのあと、濡れてぐったりしていたから、
こたつに入れて乾かしてたら、その夜死んじゃったんです。
で、それが悲しくて布団に入ってめそめそ泣いていたら、「泣いてんの?」って、バカにされたんです。
それって、小学校1年生になるかならないかの出来事なんですが、かなりショックだったんでしょうね。
今も覚えていますから。多分、それを言っているのかな~」

kさん 「それと、ものすごい教育熱心な方だったようですね」

私 「教育熱心? 小学校入学前に、時計の読み方は教えてもらいましたけど。
女の子が本ばかり読んで~って、あまり教育に熱心には思えませんでしたけど」

kさん 「勉強というより、こうあるべきというお母様の理想像があったようです」

私 「なぜ今頃なんでしょうかね~? 母が亡くなってから母娘分離をしたようなもので、
当時は私は大変だったんです」

kさん 「お父さんに連れてきてもらったって仰っています」

私 「父ですか? 実家にいますけど・・・。そういうえば、先週父から荷物が届きました。
さくらんぼとかトウモロコシとか、私の好きなものが入っていました」

kさん 「お父さんを通じてお母さんからの贈り物ですね。夏は野菜を食べなさいって。
とにかく健康に注意しなさいって仰っていますね。気管支炎にならないようにって」

私 「私は昔から気管支系が弱いんですよ」

kさん 「そうなんですね。それから、バナナを摂りなさいって」

私 「毎日食べてますけど・・。ひょっとしてお母さんですかね?
でも、お母さんのあれ食べろ、これ食べろは怪しんですよね~。根拠がないから。
仏になったら何か変わるんですかね~?・・・かなり怪しい・・笑」

kさん 「霊視していて、こんなに食べ物がでてきたのは初めてです!
やはり一人娘だから宝物なんでしょうね~。心配&応援にきてくれた感じです。
自分の所有物みたいにしてしまったけれど、それだけ大切な子だったと。
一体化したかったようです」

私 「その一体化が困ったんですよね~。そして、母に心配されると、
自分の中の不安症が出てくるような気がするので、ちょっと居心地が悪いです。
母から離れるために何度も苦しいワークをしてきましたので・・・」

kさん 「もう一体化しないから大丈夫よって」

私 「私じゃなく、お父さんの側にいていいよ~・・って、伝えてください!」

kさん 「お母さんに帰っていただきますね~」

私 「お願いしま~す」

kさん 「お父さんは心臓を注意してあげてって、頼むね~って仰っています。
・・・・・帰りましたよ~。
今までも怖がらせないように時々誓子さんの所に訪れている感じがします!」

 

 

他の人が聞いたら、不思議な、驚くようなやりとりだ。
久しぶりに母のエネルギーを身近に感じて、ざわつく。

でも、相変わらずの母ペースのような気もしないでもないが、母と話ができて良かったと思う。
生前、母と一緒にいると、とても居心地が悪かった。
病弱な母を父に任せて、私はあまり母には関わらないようにしていた。
他人からすればなんと薄情な娘・・だが。

「親子の情」なるものは、私は他人より薄いと思っている。
なぜなら、私の魂に書き込まれた使命にはどうやらそれが含まれていないからだ。
これまた、普通に社会生活を送る人からするとびっくり仰天の話だが。
この件については、また別な機会に書くとしよう。

話を戻すと、母とは大きな距離を取りながら生きてきた私。
母が亡くなって初めて親娘の関係性を理解し、母と向き合い、自分と向き合うワークの日々。
時に、母への怒りを泣きながら、クッションを叩くことで表現したこともある。

「私はお母さんのモノではない。私は私だ!」

泣きながら、そう言って、自分を取り戻した。
子どもが長年育ててくれた親を否定するのは、とても辛いことだ。
それでも、私はやった。自分の命をつなぐために。

そこから、自分自身の道を歩き始め、魂の光も取り戻し始めた。
できることなら、生きている母とちゃんと向き合いたかったという想いはある。
でも、やっぱり怖いな。それが私の中の母のイメージだから。
気分の上がり下がりが激しく、怒るととても怖い。だから、怒らせないように常に気を配っていた。

ただ、霊視していただいたとき、母のあれをしなさい、これをしなさいというのは懐かしかったな。
食べろ食べろ。でも、食べすぎれば、また怒られる。笑

久しぶりに母のエネルギーを感じた日だった。

嬉しいか?・・・と、聞かれたら、少々複雑。
母の神経症、心配性、不安症が乗り移りそうで、それは御免蒙る。
さて、ここで疑問だ。

どうして、母は娘ではなく、他人のところに現れたのか?
いくつか理由は考えられる。

まず、私は、母が生きていた頃から、死者の霊には警戒する。
というか、死霊は興味あるけど、死霊が側にくると落ち着かなくなる。
まだ怖い気持ちの方が先立つ。
だから、波長が合わないらしく、死霊とはコンタクトはとれないし、どうにもできない。

現世、いわゆる三次元では親娘であっても、それは肉体のあるときの話。
生きてる人間もエネルギー体だ。
亡くなればなおのこと、エネルギーや波動によってしかその存在を知らしめることはできない。
そして、実在のない波動・波長は同じような周波数を見つけてそこにチャンネルを合わせてくる。
ラジオの電波と一緒だ。周波数が合えば、声が聞こえてくる。
人間の目には見えずとも、異界からチャンネルを合わせようとしているエネルギー体を感じる。
そして、霊媒、チャネラーはチャンネルを合わせて、異界の声を拾い上げる。
ただ、そもそもの体質がそれだと、ぼーっとしていると、うっかりチャンネルが合ってしまうこともある。

肉体のない世界では、魂と魂のコミュニケーションとなる。
現世、三次元での関係性は全く意味を持たない。
ただ、魂は肉体を持って生きた時代のことを全て覚えている。
私の母も、すでに肉体はなく魂の波動・エネルギーでその存在を知らしているが、
私の母だったことも覚えていて、色々とメッセージを送ってくれたのだろう。
いつも私に一生懸命メッセージを送ってくれていたのかもしれないが、
私と波長が合わず、そのメッセージは届かなかったのかもしれない。

あっ、たまに夢に母が出てきていた、それから、ふと母のイメージが頭の中に浮かんだり、
自分の発した声に母の声を聞くことがある。
そんな時には、きっと母の魂がメッセージを送ってきていたのかもしれない。

ただそれは、母の姿を借りた、私のスピリットからのメッセージかもしれないが・・・。

もし、身近に亡くなった方がいて、何か心残りがあるのなら、
その人の魂とコンタクトをとってみるのもいいかもしれない。

聞けなかったこと、伝えきれなかったことはないだろうか?
また、今後生きていくためのヒントを自分のために、
家族のために貰ってみるのもいいかもしれない。

縁あって今生で出会ったのだから。