八百万(ヤオヨロズ)深い瞑想でみせられたのは? 天につながる白い鳥居と梵字! 大日如来の化身 不動明王 東京・高幡不動尊金剛寺

2020.2.8  Chikako Natsui
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東京日野市 高幡不動尊。

 

昨年から頭のなかに、その言葉が出入りしていた。

なんとなく聞いたことがあるようなないような・・・。

とりあえず、延び延び、後回し後回し。

 

しかし、ある日の深い瞑想のことだった。

 

意識が変容する。

どこに行くのだろう?

光のなかをどんどん上昇していく。

 

突然、白い鳥居がいくつもみえてきた。

 

白い鳥居・・・

 

天へと向かっているのか・・・

ひとつの意識が応える。

高次元の領域には間違いないらしい。

 

そのうち急に目の前が暗くなったかと思ったら、文字らしきものが散乱し始めた。

 

これは・・文字か?

なんの文字なのか?

 

普段、使い慣れている、馴染みのある文字ではない。

 

文字・・・らしきものは、放射状に散乱し、消えていった。

 

映像が現れた。

シルエット・・・

徐々に大きく、姿が現れてきている。

 

なんだろう? ほとけ・・のようにみえる。

 

ほとけ様といっても、種類がある。

ひとつの意識がそう応えた直後、「大日如来」というメッセージがやってきた。

 

とたんに、また、さっきの文字らしきものが、ワラワラと放射状に散乱し、消えていく。

 

いつものごとく、なにがどうなのやら?

意味不明の状態で、意識がこの世界に戻ってきた。

 

はて・・・

はて? はて? はて?

 

大日如来。宇宙神を意味する。

そして、わたしの守護仏でもある。

 

そして、あの文字らしきものが気になった。

「仏様 文字」

調べてみると、「梵字」がでてきた。

まさしく! 放射状に散りばめられ、消えていった文字は、それだった。

 

梵字とは?
「梵字」とは「ぼんじ」と読み、これは「仏様を真言で表現した時の漢字での書き方」です。
「真言」とは密教特有の呪文のようなもので、梵字を音で表現したら真言になります。
これらの真言や梵字は古代インドのサンスクリット語が起源となります。
日本では古来、このような梵字1文字1文字に、霊験あらたかな霊力があると信じられ、神聖視されてきました。
話を戻しますが、密教で仏様を表現する時の真言を「種子」と呼称し、種子を梵字で表現したら「種字」と呼称されます。
すなわち種字とは梵字のことを指します。(高野山・御朱印サイトより)

 

そこから急に、行くのを延び延びにしていた高幡不動尊が気になった。

まったく情報がなく、どんな仏様が御本尊なのか? 大日如来と関係があるのか?

 

実は、不動明王は、大日如来の化身だといわれていると初めて知った!

 

不動明王とは?
仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一尊。大日如来の化身とも言われる。また、五大明王の中心となる明王でもある。真言宗をはじめ、天台宗、禅宗、日蓮宗等の日本仏教の諸派および修験道で幅広く信仰されている。

密教の根本尊である大日如来の化身であると見なされている。「お不動さん」の名で親しまれ、大日大聖不動明王(だいにちだいしょうふどうみょうおう)、無動明王、無動尊、不動尊などとも呼ばれる。

梵名の「アチャラ」は「動かない」、「ナータ」は「守護者」を意味し、全体としては「揺るぎなき守護者」の意味である。

密教では三輪身といって、一つの「ほとけ」が「自性輪身」(じしょうりんじん)、「正法輪身」(しょうぼうりんじん)、「教令輪身」(きょうりょうりんじん)という3つの姿で現れるとする。「自性輪身」(如来)は、宇宙の真理、悟りの境地そのものを体現した姿を指し、「正法輪身」(菩薩)は、宇宙の真理、悟りの境地をそのまま平易に説く姿を指す。これらに対し「教令輪身」は、仏法に従わない者を恐ろしげな姿で脅し教え諭し、仏法に敵対する事を力ずくで止めさせる、外道に進もうとする者はとらえて内道に戻すなど、極めて積極的な介入を行う姿である。不動明王は大日如来の教令輪身とされる。煩悩を抱える最も救い難い衆生をも力ずくで救うために、忿怒の姿をしている。
(Wikipediaより)

 

 

納得するやら、生々しいやら・・・。

フワフワとした漠然の気持ちだったが、高幡不動尊へと向かった。

 

高幡不動尊金剛寺

 

 

 

 

神社への神旅のように、なにかを見せられてとか、メッセージがおりてきてとか、天気が急に変わってとかという体験ではなかった。

太陽と不動尊のある場所が天と地がつながり、とても良い氣を感じた。

 

エネルギーポイント!

スピリチュアルスポット!

天と地がつながる

光と地の饗宴。

そんな言葉が浮かんだ。

 

到着したとき、護摩行が行われていたようで、不思議と読経に懐かしさを覚えた。

あとから気づいたのだが、高幡不動尊は真言宗智山派。それは、母方の先祖代々のお寺の宗派であった。
読経の「オト」が身についていて、それとシンクロしたのかもしれない。

 

ふと、梵字の映像をみせられた際に、目覚める間際に聞こえてきたメッセージは、「誓願」だった。

 

誓願

 

わたしの魂はどれだけのことを誓ってこの世界へやってきたのやら・・・。

まだ思い出せていないこともあるようだ。

 

 

わたしの内にも神も仏もあり、それがシンクロし、神社やお寺へと赴く。

天と地をつなぐために・・・

神社の場合には、地の神、精霊、スピリットと天、宇宙をつなぐ意味あいが強い。

寺院の場合には、それとはまた違う学び、魂への刺激がある。

大宇宙とひと、ひととひとのつながりが強調され、仏の慈愛のエネルギーを感じる。

 

さらに、お不動さんの独特のエネルギー、メッセージを意識した。

不動明王の真言とは?

「激しい大いなる怒りの相(すがた)を示される不動明王よ。
迷いを打ち砕きたまえ。 障りを除きたまえ。
所願を成就せしめたまえ。カンマン。」(成田山新勝寺HPより)

カンマンとは?

カン 不動心

マン 柔軟心

 

さて、ここからは、光の饗宴を写真でご紹介!