ライトワーク🌟 さそり座の新月&部分日食 変容の月は山霊界へ! その3  筑波山(筑波山神社)・茨城

2022.11.17  Chikako Natsui
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山霊

山に宿るとされる神霊の総称。

古来日本の山の多くは山岳信仰の対象として聖なる山として祀られており、そうして山には様々な神々や霊が宿るとされていた。
また山は霊界に最も近いところとも言われ、死者の霊が集うとも言われていた。そうした神々や霊の総称を山霊と呼ぶ。(Wikipediaより)

 

 

2022年10月 新月は、茨城県にある筑波山にてライトワーク🌟

 

 

筑波山

筑波山ケーブルカー&ロープウェイ

筑波山 – 観光いばらき

筑波山|つくば市公式ウェブサイト

筑波山 | 観光情報 | 一般社団法人つくば観光コンベンション協会

 

富士山と対比して「西の富士、東の筑波」と称される。

茨城県つくば市北端にある標高877 m)の山。
筑波山神社の境内地で西側の男体山(標高871m)と東側の女体山(標高877m)からなる。

山中には巨石、奇石、名石が数多く散在し、それぞれに名前がつけられ、多くの伝説を生み、それらに対する信仰が今日でも受け継がれ、山そのものが「神域」として崇められている。筑波神社境内社や随神門など、県や市の指定文化財となっているものが多数存在す。
開山以来、「結界」が張られており、荒れた時代もあったが、現在でも「霊山」であり山の万物が「神体」とされている。
「夜間は男体・女体の神々が御幸ヶ原に出現する」ため「二人の遊楽を妨げてはならず入山しない」とする文化がある。
(Wikipediaより)

 

 

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筑波山登拝を終え、ケーブルカーで筑波山頂駅から筑波山神社のある宮脇駅へ。

 

 

宮脇駅

 

 

駅近く。

青紅葉が綺麗! 秋が深まれば美しい紅葉になることだろう。

 

 

さて、宮脇駅から階段を降りると、

そこはもう、筑波山神社の境内。

 

筑波山神社

 

ご祭神

筑波男大神 伊弉諾尊 男体山871mに祀る
筑波女大神 伊弉冊尊 女体山877mに祀る

御山から受ける恵みの数々は、まさに神からの賜物でありました。その山容が二峰相並ぶため、自然に男女二柱の祖神が祀られました。
その後祖神は「いざなぎの神、いざなみの神」と日本神話で伝えることから、筑波の大神も「いざなぎ、いざなみ両神」として仰がれています。(筑波山神社HPより)

 

ご由緒

 

創建は不詳。筑波山は『常陸国風土記』でも富士山と対照されるほどの山容を持っていることから、関東平野に人が住み始めた頃から崇められてきたともいわれる

社伝(『筑波山縁起』)によると、『古事記』にある伊弉諾尊・伊弉冊尊による国産みで産み出された「おのころ島」が筑波山にあたるという。また『詞林采葉抄』(南北朝時代)では、筑波山は天照大神が降臨した神山であるともいい、文化年間(1804年-1808年)の『筑波山私記』でも同神の筑波から伊勢への遷座を伝える

なお、現在の筑波山神社主要部は拝殿周辺にあるが、拝殿はあくまで明治8年(1875年)に中禅寺跡地に造営されたものである。そのため「元来の筑波山神社」とは「男体山頂祠・女体山頂祠」を指すものとされる。また創建時期は不明ながら、つくば市臼井の六所神社跡(現在は廃社)が両祠の里宮であった。
(Wikipediaより)

 

 

拝殿

 

 

賽銭箱の彫刻がユニーク。

ヘビかな?

 

 

賽銭箱の上にある鈴の大きさが印象的。

本坪鈴かな?

紐はなかったような・・・感染症対策かな。

 

 

さざれ石

 

 

拝殿に向かって、左後方へ行き、階段を上る。

 

精霊たちに守られるようにひっそりとあった2つの稲荷社。

 

朝日稲荷社

ご祭神:太田命

別名、出世稲荷。

 

 

稲荷社

 

 

ご神水

 

 

 

筑波山神社拝殿に向かって右方向に行く。

すると、まず、目に入るのは、

 

マルバグス(丸葉楠)

つくば市指定天然記念物。楠木の変種らしい。

 

 

ところで、この辺りから氣が変わる。

まるで、結界があるようだ。

それを現すように、この先に参る人はほとんどいない。

参拝客の多い筑波山神社拝殿周辺とは、ずいぶん違う。

 

 

その先にあるのは、

 

日枝神社・春日神社

 

 

日枝神社・春日神社 拝殿

日枝神社 ご祭神 大山咋神

春日神社 ご祭神 武甕槌神、経津主神、天兒屋根神、比売神

 

両社は拝殿を共有しているという。東が日枝神社、西が春日神社。
中禅寺開基の際に勧請されたらしい。

 

 

日枝神社・春日神社の拝殿前のベンチに腰かけ、少し時間を過ごしていた。

すると、右方向からの氣の流れを感じる。

視線を向けてみると、ご立派な樹!

 

呼んだのは、あなたでしたか〜?

 

 

近づいてみる。

すると、その先に、いくつかのお社があった。

 

愛宕山神社

 

 

周辺は小さな八百万が鎮まる。

 

 

この辺りの氣は、筑波山神社拝殿周辺とも日枝神社・春日神社周辺とも、また違う。

それよりも重い。そして、寂しげだ。

このあたりの地主神だろうか。

 

 

気になったのは、まるで城の石垣のようなものが周辺にみられる。

 

 

ここは昔、お城があったのだろうか? そんな想像をかき立てる。

 

 

筑波山神社の由緒を見て、気づくのは、中禅寺の存在。

 

中禅寺を主とした仏教中心の霊地で、明治維新後に中禅寺が廃されるにあたって神社として復興し、拝殿が造営された。

拝殿は明治8年(1875年)の造営。この場所には明治以前には中禅寺の本堂(大御堂)があったが、神仏分離で大御堂が廃された後に新たに建てられた。拝殿前には礎石が残り、中禅寺の寺勢をしのばせている
なお、大御堂は拝殿の南西方に真言宗豊山派大御堂教会の大御堂として再建されている。
(Wikipediaより)

 

石垣とは、土台でもある。
神仏分離を経て、今は、神社という表層にはなっているが、
この地の器は、寺院のエネルギーが強いのかもしれないな。

 

また、歴史といえば、ここ筑波山は水戸藩尊王攘夷派、いわゆる天狗党の乱の舞台という。

激動・騒乱の江戸末期。

天狗党といわれた侍たちは、筑波山に戦勝祈願し、ここから挙兵したのだろうか。

そして、その時、この地にあった八百万たちは、なにを見、なにを聞いたのだろう。

ほとんど参拝客が行くことのない、境内の端にある樹が伝えたのは、それだったのか。

時は流れる。

しかし、悲哀は残ったままか。

 

 

兼務社

 

 

随神門

左: 日本武尊

右: 豊城入彦命

 

 

厳島神社

ご祭神 市杵島姫命

 

 

ご神木

 

 

ご神木

 

 

筑波神社の参拝を終え、筑波山から離れる時がきた。

遠足帰りのような気持ちになりつつ、参道をバス停に向かって歩く。

 

写真を撮ろうと、後ろを向く。

視線を上に向けると、筑波山頂が見える。

 

「あそこに登ったんだ〜」

 

 

満足!

大満足!