オールドソウルは興味がないことに時間を割かない

2019.11.17  Chikako Natsui
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毎月訪れ江の島 江島神社。

奥津宮近くにあるご神木が大好きだ。

季節によってその様相は変わる。

 

 

神木は教えてくれる。

この世界の無常さ、本質とはなにかを。

 

夏、伸び放題の葉っぱに覆われたご神木。

一見、不細工。

ところどころに蜘蛛の巣もはり、見た目にも汚い。

しかし、そばに寄ってみると、熱く、力強いエネルギーを感じる。

 

ふと、神木のスピリットとシンクロする。

 

「表面を取り繕うことの虚しさ」

 

改めて神木をじっくり眺めながら一周してみる。

 

葉っぱは伸び放題、ところどころに蜘蛛の巣もはっている。

ありがたいどころか、近寄ることに躊躇してしまう外みだ。

 

ビジョンがみえてくる。

 

強く激しい風雨にさらされてても、そこに「在る」ご神木。

崇高な目的があるわけではない。

人々にありがたいと思って欲しいとも思っていない。

ただそこに「在る」。

じっとこの地に「在る」。

何かのために、誰かのために役に立ったわけでもないだろう。

だが、年月とともに、徐々に霊氣を帯びてきた。

熱く、力強いエネルギーを内側から発し始めた。

 

「在る」

 

江の島のご神木は、それを教えてくれる。

 

 

オールドソウルは、「ある」ものの「真理」、「本質」に気づきやすい。

この世界は現象の世界。

両の目で捉えてた形の本質、起こった出来事の真理、ほんとうの意味をキャッチする。

そのため、たとえば他者と論じ合っても、話が噛み合わないことも多々ある。

あちらは「見た目的」「現象的」「物質的」な話をする。こちらは「本質的」な話をするので、議題が同じでも、議論しても、話し合っても、結論に至らないこともある。

また、どうして結論に至らなかったのか、そのプロセスとなった原因というか、そもそもも分かるので、話し合うことそのものが、段々と面倒になってくる。

それもまた、オールドソウルがひとと違った価値観をもっているというところになるだろうか。

さらに、そこにまた魂の役割だ〜、なんだ〜、かんだ〜が影響してくるので、噛み合わな倍増どころか、何倍増!

 

オールドソウルは、執着も少なくなってくるので、同じくらいの人間年齢のひとが興味をもつことが、あまり気にならない。

話にのらないからといって、嫌っているとか、バカにしているとか、認めていないとか、そういうことはいっさいなくて、単純に面白いと思わない。本当に興味がない。

興味がないことに、無理やり合わせることをしないし、時間を使わないのもオールドソウル。

自分らしくいられる時間を大事にする。

 

そうはいっても、オールドソウルもこの世界の様々な場所で生きている。

競争世界の中で生きることを選んでいる場合もある。その場合、面倒だ!と、思いつつ、合わせるという選択をしているかもしれない。

実際、わたしも数年前まではそうだった。

つまんね〜と思いつつ、なんとなくその場に合わせて生きていた。

それもまた、経験、学びだと思っている。

そういう時間があってこそ、魂を生きることとの違いを理解する。

 

まとめてみると、

オールドソウルは、どんなことにも真理を見出すことが得意!

そして、それを見つけたい、見ていたいと思っている!