「つながり」 絵で贈る 魂のメッセージ ―増田 智己―

2017.6.7  Cosmic Academy Japan

この世を生きるすべての人が願うこと、自分も家族も身体堅固、無病息災、平穏無事な日常ではないだろうか。また、それにプラスして、金運、恋愛運向上を願うこともあるだろう。ビジネスがうまくいく、出世したい、知名度を上げたい、素敵な人と出会いたい・・・そう願うのは、人間として普通のことだ。

ただ、人は生まれる前に自分の人生シナリオを決めてから、この世に誕生する。魂に刻まれた約束を果たすために。でも、残念なことに、この世に誕生した瞬間にその約束は封印される。記憶の遥か彼方に押しやられるのだ。

自分はなんのために生まれ、何のため生きているのか?

よく聞く言葉だ。

人は一生をかけてそれに気づくために、思い出すために、生きているのかもしれない。

生まれる前からの約束。
それを緩やかな時間の中で思い出すこともあるだろう。
逆に、超特急で思い出さなければならないこともある。

願わくば、緩やかに気づきたいものだが・・・。

使命が明確な場合には、本人が願おうが願わまいが、それが許されないこともある。
超特急で思い出すよう運命が動きだす。

その場合、早く気づけと言わんばかりに、その人の人生にたくさんの困難や試練が与えられる。それをひとつひとつ乗り越えることで、魂の約束を思い出し、魂の輝きを取り戻していく。

その魂の輝きは、あらゆる方法で人々にメッセージを送ることになる。

そのメッセージを受け取った人々は、何かを感じ、自分も魂の約束を思い出すための一歩につながる。

画家 増田智己も人生の試練を乗り越え、魂の約束を果たしている一人だろう。
絵を描きたいと思いつつ、なかなかそうはならない人生。絵から離れる時間も多かった。

そんな増田が絵に向き合うと決意したのは、子どもの死だった。

その声はほんとう?
宙-ソラ-から星のたね ウミに眠るきみのココロに降りそそぐ。
このかおりにつつまれながら。

きっかけ 子どもの死

ずっと絵は描きたいと思っていました。でも、どういう風にそれを仕事にしていいか分からなかったんです。ずっとだらだらと時間を過ごしていました。その間は服飾関係の仕事をしたりしていました。でも、あるとき知人から誘われて絵のイベントをやることになったんです。そのイベントが終わったあと、周囲の人からは「良かった!」と褒められたのですが、自分としては全然嬉しくなくて納得がいきませんでした。
それがきっかけという訳でもないのですが、二十三歳のときに関東へ来ました。

でも、場所を移したからといって、絵の仕事をスタートさせたかというと、そうではありませんでした。
やはりまた服飾関係の仕事に就いたんです。その会社はとても自由に仕事をさせてくれるところだったので長居をしてしまいました。年齢が上がるにつれ、責任のある仕事をどんどん任されるようになり、それで頑張りすぎてしまったんですね。体調を崩してしまったんです。精神的にも辛い状態になり、結局その仕事は辞めました。

プライベートでは一人目の子どもを出産していました。私は子どもにあまり興味はなかったんです。どうやって子育てすればいいのか分からなかったし、正直子育てを楽しむどころじゃありませんでした。だからその頃は子育てにいっぱいいっぱいで、絵を描くことに意識はありませんでした。

その子が二歳のとき、それは突然のことでした。その子を亡くしてしまったんです。
本当に辛くて、毎日泣いて、泣いて、泣き暮らしていました。
その状態が何ヶ月か続いた頃、不思議と絵を描いている人たちとの再会や出会いがあって、自然と自分も絵を描くという流れになっていったんです。
まるで、亡くなった子どもが絵を描きなさいと言っているように思えました。

初めは、子どもを亡くした悲しさ、寂しさ、辛さを表現するためだけの絵を描くことでしかできませんでした。今とは違った雰囲気の絵です。その気持ちが癒され始めた頃、それまでの自分の絵に何か違和感を感じるようになったんです。子どもを亡くして、確かに悲しい、辛かった。でも、その絵をみた人に、子どもが亡くなったことを知って欲しい訳ではなかったし、その気持ちだけを絵で表現するのは何か違うように思ったんです。

確かに子どもは亡くなった。もう、子どもに触ったり抱きしめたりはできないけど、いつも側で見守ってくれているように思えたんです。
そして、自分が死んだらまた子どもに会える。それに、自分が死ぬときにあれをやっておけば良かった、これをやっておけば良かったと思いたくないし、死んでから子どもにあったときに、「こんな風に頑張ったんだよ」ってちゃんと言えるように生きたい。そう思ったんです。

「死ぬまで絵を描く」という覚悟ができたのは、そのときからです。

そう覚悟が決まると、トントン拍子にいろんなことが進んでいきました。あるアートイベントに誘われて、自分の絵を出展しました。そこで初めて絵が売れたんです。
正直それまで自分に自信がありませんでした。「本当に自分の絵でいいんだろうか?」そう思うこともあったんです。

二人目の子どもが生まれ、作風もどんどん変わってきています。今までは動物とか女の子とか、形があるものを描いてきたのですが、このごろでは形がなくなってきました。抽象画のようなものですね。

私の中で絵を描くときの大きなテーマは、「つながり」です。

子どもを亡くしたときはとても悲しかったです。でもきっと子どもが天国で見守ってくれているんじゃないかと思い、そう願いながら、見えない存在と自分との「つながり」をずっと描いていたように思います。

それがだんだんと亡くした子どもだけではなく、もっと大きな、神様のような存在と生きている人との「つながり」を描くようになりました。
たぶん人にはそういう存在が誰にでもあるのではないかと思うのです。

そのうち新たに子どもができて、亡くした子の傷が癒えてきた頃、今までは亡くした子や見えない存在との「つながり」を描いていましたが、「こんなに近くに応援してくれたり、助けてくれる大切な存在がいるんだ」と、生きているもの同士の「つながり」を強く感じるようになりました。
だから今は、見えないけれど見守ってくれている存在との「つながり」、生きている人たちとの「つながり」、その両方の「つながり」を感じながら描いています。

そして私が作る作品が、私とつながってくれて、作品を持ってくださる方たちの小さいながらも何か力になったり、その人たちの心の支えになれたなら、幸せだなと思うのです。

ちゃんと ここに いる。
キミに降りそそぐ。
増田 智己(マスダ トモミ/手刺繍入り画家)
北海道生まれ。北海道デザイナー専門学院グラフィックデザイン科卒業。現在は埼玉県在住。アパレルブランドでの販売・企画業を経て、2008年より作家として活動を開始。2014年頃から、絵の一部に手刺繍をした作品を作りはじめる。その後クマの立体ぬいぐるみ作品も作りはじめ、作品が持つ人のおまもりみたいになるといいと思いつつ制作している。
増田智己のオフィシャルWebサイト
Facebook